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川淵キャプテン 国体の価値 〜秋田わか杉国体を観戦〜 (07.10.05)

 「秋田わか杉国体(第62回国民体育大会)」のサッカー競技が9月30日から10月4日まで、秋田市、由利本荘市、にかほ市を舞台に行われました。
 川淵キャプテンは少年男子と女子の試合を視察。緑美しい芝生のグラウンドでプレーする選手たちを見て、自らの現役時代に思いを馳せ、隔世の感に浸ったようです。
 今回の「JFA通信」は、10月1〜2日に観戦したわか杉国体について、川淵キャプテンがその感想を伝えます。
国体の開催意義

 10月1日〜3日まで秋田県を訪れました。2日ににかほ市のTDK秋田総合スポーツセンターで行われた少年男子の東京代表対静岡代表を観戦した後、由利本荘市に移動して、西目カントリーパークで女子の兵庫対福島戦を、その後、高円宮妃久子妃殿下と仁賀保総合運動公園で行われた女子の岡山対福岡戦を観戦しました。
 今回の国体に先立ち、昨年、由利本荘市とにかほ市を訪れる機会があったのですが、その時は、空港から車で海沿いの国道を走って2時間近くかかってしまい、アクセスの不便さを感じました。しかし、国体の開催もあって、高速道路が整備され、空港からにかほ市の競技場まで40分足らずに短縮、こんなに早くインフラが整備されたことに非常に驚かされました。
 今回、サッカー競技が行われる4会場を訪れたのですが、いずれも緑美しい立派な芝生のピッチで、管理している関係者の努力に心から感銘を受けました。こんな素晴らしいピッチでサッカーができる選手たちを本当にうらやましく思いましたし、道路の整備などを含め、そういった環境の進歩が秋田のスポーツの発展に大きく寄与するのではないかと思い、あらためて国体の開催価値を認識した次第です。
 国体終了後、スタジアムの芝生は手厚くメンテナンスされ、多くのスポーツ選手に提供されることになるでしょうが、芝生の管理は難しく、大会が行われてしばらくは良好な状態が維持されているものの、何年かして行ってみると、芝がはげてしまい、初めて訪れた時の感動が失せてしまうなんてことを、私自身、これまで何度も経験しています。特にサッカーは芝生が傷みやすいということで、年間で50回くらいに使用制限されているところが多いようです。
 Jリーグでは、ピッチは天然芝でなければならないと決められています。今では常緑のピッチは見慣れた風景ですが、Jリーグが誕生する前は冬になると枯れてしまう高麗芝のピッチがほとんどでした。私たちが現役の時代は芝生のピッチなど皆無に等しく、日本代表ですら、芝生のピッチでプレーする機会など滅多にありませんでした。
 これについては、ちょっと面映い逸話があるんです。1960年の12月、ソ連(当時)のロコモチフ・モスクワが来日し、国立競技場で日本代表と対戦したんです。3-10で完敗するんですが、その3点のうち1点は私の得点で、このゴールがいわくつきのゴールなんです。
 私が放ったシュートはGKの前でバウンドし、あっけなくGKにセーブされるかに見えたのですが、なんと、石ころが転がっていて、それに当たってボールの進む方向が変わり、待ち構えていたGKを反れてゴールしてしまったんです。まぁ、ゴールはゴールですからね。しかし、相手のGKもあっけに取られた感じで、私としてもなんともきまりが悪くて・・・。なんとなく不本意な得点として印象に残っているのですが、国際大会ですらそんな環境でやっていたんですよね。そんな我々の時代から比べたら、まさに、“隔世の感”ですね。
 Jリーグが開幕して以来、日本サッカー協会(JFA)やJリーグでは、これまで芝生のグラウンドのPR活動や芝生管理の研究を積極的に行ってきました。その甲斐もあって、競技場はもちろん、公立小中学校のグラウンドも芝生化が進んできました。各専門機関でも積極的に研究が進んでおり、また肥料などの改良もあって、年間300日使っても傷みにくい芝生が開発されているといいます。まだ試行錯誤の段階ですが、早く一般に普及し、多くの人々が気軽に芝生の上でスポーツを楽しめるようになってほしいと思いますし、JFAとしてもサッカー環境の整備や拡大に全力を尽くしたいと考えています。

秋田サッカーの復権を期待

 今年の国体の舞台となった秋田では、今年からTDK SCがJFLに加盟し、これまでの地域リーグより一段と高レベルなリーグで切磋琢磨しています。チームはにかほ市に拠点を置いて活動していますが、JFLの試合が行われる仁賀保総合運動公園(今回の国体でも使用)には、毎回1000人以上のファンが訪れるといいます。
 話はまた40〜50年前に遡りますが、当時、秋田では、秋田商業高校のサッカー部が全国制覇するほどの実力を誇っていました。私が現役時代、丸の内御三家と言われた古河電工、三菱重工、日立製作所が、こぞって秋田商業の選手を採用し、日本代表にも秋田出身の選手を多く輩出していました。
 当時の盛り上がりから比べたら、現在の秋田サッカーはいまひとつですが、TDKがJFLで躍進し、今以上ににかほ市の市民や秋田県民の皆さんからの支持を得られるようになれば、秋田にもサッカーが根づいていくことは間違いありません。それに、チームが優勝争いを繰り広げるようになったとしたら、ファンはもっと盛り上がるでしょうし、Jリーグ入りを目指す市民運動も沸きあがってくるのではないかと思います。
 もしそうなった場合、一番重要なのが、地域のサッカー活動と手を組みながら、ジュニア世代からの生え抜きの選手を育てていくことです。選手の育成は一朝一夕にいきませんから長い道程と思われがちですが、県民から親しまれ、地域のチームとして存在価値を得るには、それが一番の近道になるんです。TDKが力をつけてくれば、鹿島アントラーズのホームタウンである鹿嶋市がそうだったように、地元の中学や高校のサッカー部もその影響を受けてレベルアップされるはずで、秋田サッカーがかつての権威を取り戻すことになるのではないでしょうか。
 今回の国体では、残念ながら秋田の少年男子、女子チームともに1回戦で敗れてしまい、TDKも2回戦で敗退してしまいました。しかし、TDKの躍進が期待されますから、未来は明るいと確信しています。
 国体によってスポーツ施設が整備され、芝生のグラウンドも増えたことですし、今後は、サッカーやフットサルが人気を博していくでしょう。この国体が、秋田サッカー復権のターニングポイントになるのではないかと心から期待しています。

財団法人 日本サッカー協会
キャプテン 川淵 三郎
2007年10月5日