JFA|日本サッカー協会  Japan Football Association
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「今日もサッカー日和」


  6月24日のJFA評議員会をもちまして、私は任期満了と定年により、会長職を退くことになりました。サッカーファミリーの皆様には温かいご支援をいただき、心から感謝申し上げます。

全てのカテゴリーがワールドカップ進出

  私が日本サッカー協会(JFA)の専務理事に就任したのが1992年、その後、副会長、会長を歴任し、役員として20年間、役員としてサッカーの仕事に従事してきました。1992年当初、JFAの事務所は渋谷にある岸記念体育館の一室を間借りしており、職員は15人。年間の収入は約40億円で総資産は14億円ほどでした。それから20年を経た今、職員は200人を超え、年間収入は165億円、総資産は20年前の10倍以上と、JFAは大きく成長しました。
  日本代表は1968年のメキシコオリンピックで銅メダルに輝き、日本サッカー史に素晴らしい歴史を刻みましたが、それ以降、日本サッカーは長い低迷期に入ります。代表チームはアジアでもなかなか勝てず、オリンピックはおろか、FIFAワールドカップなど夢のまた夢、という状況でした。この状況を打破しようと、1988年にはJSLに活性化委員会を設置し、私はその委員長に就き、日本サッカーのプロ化について検討を開始しました。1989年に、2002年のFIFAワールドカップ開催国として正式に立候補することを表明したことで、サッカーのプロ化は本格的に動き出しました。
  1991年にプロリーグを司る(社)日本プロサッカーリーグが設立され、1993年にJリーグが開幕。Jリーグの誕生は日本にサッカーブームを起こし、底辺の拡大とトップのレベルアップが飛躍的に進みました。1994年のFIFAワールドカップは寸前のところで出場を逃してしまいましたが、1998年のフランス大会には悲願の出場を果たし、以来、4大会連続で本大会に。2002年には日本と韓国でワールドカップを開催。日本中の人々が世界最高峰のゲームに熱狂し、開催地やキャンプ地で海外の人々との交流を育みました。オリンピックも1996年のアトランタ大会に28年振りで出場し、5大会連続出場を遂げています。
  私が2010年7月に会長に就任してからは、その年の9月にU-17女子代表がFIFA U-17女子ワールドカップで準優勝。11月にはアジア競技大会で日本の男女がアベック優勝し、その翌年早々にSAMURAI BLUE(日本代表)が4度目のAFCアジアカップ制覇を成し遂げました。U-17日本代表もワールドカップに出場して18年ぶりのベスト8に、そして、なでしこジャパンのFIFA女子ワールドカップ優勝。9月にはビーチサッカー日本代表がワールドカップに出場し、世界女王のなでしこジャパンはアジアトップでオリンピックの出場権を獲得しました。今年3月にはU-23日本代表がなでしこに続いてオリンピック出場を決め、フットサル代表も4大会ぶりのアジア王者として、11月にタイで開催される世界大会に挑みます。
  これだけ多くのカテゴリーが世界進出を果たしたのは初めてで、歴代会長の中で私が一番、幸せ者なんじゃないかと思っています。

サッカーの絆の強さを再認識

  昨年3月に起こった東日本大震災。津波の被害や原発事故など、いまだに困難な状況が続いています。その中でなでしこジャパンはFIFA女子ワールドカップに出場し、日本を元気づけたいと粘り強い戦いを見せ、世界女王になりました。彼女たちのひたむきな姿は復興に取り組む日本と重なり、世界中の共感を呼びました。私たちは、サッカーというスポーツの果たす役割、責任は決して小さいものではないと痛感させられましたし、FIFAをはじめとする世界のサッカーファミリーの温かい支援に、サッカーの強い絆を再認識することができました。
  なでしこジャパンをはじめとする各カテゴリー日本代表の活躍、各大会やトレセン活動、指導者・審判員の養成なども順調に成果を上げています。そういう状況を見ますと、『JFA2005年宣言』で謳っている「代表も組織も世界のベスト10になる」という目標も、それに連動する様々なプランも間違っていないことを確信します。
  今後もサッカーの影響力、サッカーが果たす役割というものをしっかり認識し、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に寄与」すべく、JFA、47都道府県協会、各種連盟、そして、サッカーファミリーが高い意識を持って取り組んでいければと思っています。

新会長に期待

  理事会の決定に従い、次期役員選考委員会の委員長を務めた私は、次期会長の選考に当たって条件を挙げました。
  まず、日本代表チームを2014年のFIFAワールドカップブラジルに連れて行ってくれる人、そして、女子サッカーの盛り上がりを一過性に終わらせず発展させてくれる人、復興にはまだまだ時間がかかりますから、サッカー界として継続して復興支援に取り組んでくれる人、また、JFAは4月に公益財団法人として再スタートを切ったばかりですので、しっかりしたJFAを発展させていくにあたり、その組織基盤をより盤石にしてくれる人、これら4つの条件を掲げました。満場一致で選出された大仁邦彌会長以下、理事、監事、特任理事ら理事会のメンバーは、そういった期待に応え、日本サッカーのさらなる発展をもたらしてくれると信じています。
  私も名誉会長に選出されましたので、これまでに築いた人脈やFIFA理事としての経験を日本サッカーの発展に生かしていければと思っています。
  これまで、多くの皆様に支えていただきました。心から感謝しております。今後も日本サッカー協会にご支援いただきますよう、よろしくお願いいたします。

追伸

  先日、『ユナイテッド ミュンヘンの悲劇』の試写会に行ってきました。マンチェスター・ユナイテッド(マンU)が、「ミュンヘンの悲劇」と言われる飛行機事故(1958年)から立ち直り、世界一のクラブになるまでの軌跡を描いた作品で、7月7日から都内の映画館(シアターN渋谷、新宿K's cinema)で公開されます。
  私の師でもあるボビー・チャールトンさんもこの飛行機に乗っていて奇跡的に助かった選手の一人でした。多くの仲間を失ったその悲しみはいかばかりだったかと思いますが、その困難と立ち向かい、チームを再生した事実に深い感銘を受けました。サッカーファン、マンUファンの皆さんには是非、観ていただきたいと思います。
  香川真司選手のマンU移籍が正式に決定しましたが、それと同じ時期にこの映画が公開されるというのも何かの縁かもしれませんね。