JFA|日本サッカー協会  Japan Football Association
JFAへの登録リンクENGLISHRSS

「芝生で語ろう」

犬飼基昭新会長が就任して3週間、日本サッカー協会のホームページもリニューアルし、それに伴って、本日から新たに、犬飼会長のコラム「芝生で語ろう」を掲載することになりました。
原則として毎月2回(月曜日更新)、犬飼会長の関心事やその時々の話題を取り上げたいと考えています。
代表戦やヨーロッパのサッカー情報、地域スポーツの発展に懸ける熱い思いなどを語っていきます。どうぞお楽しみに。

ガキ大将からサッカー少年、そして経営者を夢見て

 皆さん、はじめまして。日本サッカー協会(JFA)の第11代会長に就任した犬飼基昭です。
 僕は、1942年7月5日生まれの66歳、埼玉県浦和の出身です。サッカーとの出合いは小学校5年生。地元・県立浦和高校が高校選手権で優勝し、その凱旋パレードを見て「カッコいい!」と大感激。小学生はケンカや悪さばっかりして、いつも父親に庭の柿の木に縛りつけられていたんですが、中学校からサッカーを始め、いたずらへの情熱はサッカーに向けられました。高校は、憧れの浦和高校に進学。もちろん、サッカー部に入部しました。当時、 “埼玉を制する者は日本を制する”といわれるくらい、浦和のサッカーの実力は高かった。結構自信を持っていた僕もその格の違いに相当驚かされました。負けん気だけは人一倍でしたから、レギュラーになりたくて、2年生になる頃、毎朝5時から自主練習を始めることにしたんです。恩師である、サッカー部顧問の福原黎三先生が日直の時に、それを見ていて付き合って下さったんですが、「明日もやろう」と、熱血漢の福原先生の指導もとに練習を休めなくなっちゃって・・・(苦笑)。そのうち、部員みんなが集まるようになり、朝練が恒例となりました。厳しい指導のお陰もあって3年生の年の全国大会が終わった後、新聞で自分がアジア・ユースに選ばれました。その時、福原先生から届いたお祝いの電報は今でも大切にしまってあります。
 大学は文武両道の、自由な校風に憧れて慶応大学に進学しました。うちは父も祖父も学校の先生という教育者一家なんですが、それに対する反発もあって漠然と経営者になりたいと思い、大学では経営学を学べる商学部を選択。大学でもサッカーを続け、主将も務めました。卒業後は三菱重工業に入社。サッカー部専属の社員ではなかったのですが、日本サッカーリーグ(JSL)でプレー、通産27試合に出場し、4ゴール1アシスト。天皇杯には1試合出場しています。ちなみに、三菱サッカー部としてJSL初ゴールを決めたのは僕なんですけどね。
 1970年に三菱自動車に転籍したのち、オランダなどヨーロッパに6年ほど生活しました。ヨーロッパの国々はスポーツがしっかりと生活に溶け込んでおり、老若男女が町のスポーツクラブで好きなスポーツや趣味を楽しみます。子どもたちは、スポーツを通じてルールを守ることや、仲間と協力し合うこと、相手選手や審判に敬意を持つなど、社会生活を営む上で重要なものを学ぶんですね。滞在中、僕はいつも「なぜ日本にこういうものができないんだろう」と、羨望のまなざしで見ていました。
 「Jリーグ百年構想」を知ったのはオランダに赴任している時。「日本でこんなことを考えている人がいるのか、日本も捨てたもんじゃないな」と、深い感銘を覚えました。それで、帰国してから浦和レッズの社長をやらせてほしいと直談判したんです。しかし、国内の乗用車営業を司る責任者を命じられ、引き受けることに・・・。
 念願のレッズ社長に就いたのは2002年の6月。2003年にはヨーロッパ型のスポーツ施設「レッズランド」をオープンさせました。2006年の7月にJリーグの専務理事に就任したのですが、その年、レッズがJリーグと天皇杯で優勝した時は、本当に嬉しかった。Jリーグの表彰式では、鬼武健二チェアマンに頼んで選手にメダルを授与させてもらいました。

先駆者が築いたものを継承し、より発展させることが僕の使命

 先の評議員会・新理事会(7月12日)で、前任の川淵三郎キャプテンの後任として第11代会長に就きました。川淵キャプテンはこの20年間、凄い勢いでサッカー界をけん引してきました。JFAになってからも、キャプテンズ・ミッション(現在はプレジデント・ミッションに改称)を核とした改革、47都道府県サッカー協会の法人化などを推し進め、地域におけるサッカー協会の存在意義や責任というものを植え付けました。
 僕の使命は、これまでJFAが築き上げたことをしっかり継続し、発展させていくことだと思っています。そのためにも、時代や社会の流れを敏感に察知し、何をなすべきかを見極めながらスピード感をもって対応する。とはいっても個人がやることには限界もありますから、きちんとプライオリティをつけ、リスクを恐れず、アグレッシブに取り組んでいくつもりです。
 JFAの理念は、「サッカーを通じて、豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」こと。そういった公益事業、つまり社会貢献活動を続けていくには、代表戦の興行価値を上げ、収益を確保することが肝になります。
 Jリーグの試合と代表戦を比べた場合、Jリーグは地元に根付き、シーズンを戦っていくわけだから、ただ勝ちさえすればいいというのでは地元のファンは納得しない。つまり、Jリーグでは「良いサッカー」が求められるんですね。一方の代表戦は「良いサッカー」を見せ、なおかつ勝たなければならない。負けたら終わりなんです。代表チームが強く、輝いていることで、サッカー界全体の求心力が持てるわけですから。
 我々としても、代表戦の興行価値を高めて多くの人に見てもらい、その素晴らしさや魅力を知ってもらうことが重要だと思っています。
ワールドカップドイツ大会が終わってから、代表戦の人気に陰りが出てきたといわれます。EURO2008を見る限り、日本サッカーが目指すところは決して間違ってはいません。優勝したスペインのサッカーを見て、むしろ選手も関係者も自信を持ったはず。あとは、選手の日本代表としての気概と情熱がピッチの上で表現されているかどうかだと、僕は思っています。
 というのは、Jリーグが開幕して16年、サッカーは野球と並んで人気スポーツになり、経済的にも環境面でもある程度満たされ、選手の気持ちにマイナスの意味での充足感が蔓延しているように思うんです。つまり、選手が日の丸をつけて戦うことの気迫や誇りが伝わってこない。それをファンやサポーターは敏感に感じとっているんじゃないかと。
 闘莉王(田中マルクス)や中澤(祐二)といった選手は、代表としての使命感を持って戦っているのがわかるんですが、若い選手もそれに触発され、プライドと喜びを持って戦ってほしいと思っています。しかし、そうはいってもそういう意識というのは、代表に選ばれたからすぐ持てるものではなく、小さいころから、学校の代表だとか地域の代表だという自覚や責任感が涵養されなければならないんですよね。今後は、お金や人気だけではない大切なもの、それを改めて選手に教えたいと思っています。

さて、来週からいよいよ北京オリンピックが始まります。
 7月29日に行われたキリンチャレンジカップを見る限り、U-23日本代表は、強豪アルゼンチンを相手に全く物怖じもせず、堂々とプレーしていましたよね。予選の頃とは全く異なり、見違えるくらい。若い選手は場数を踏むたびに伸びていくものですね。アルゼンチンも前半は流しているようなところはあったけれど、後半は本気になっていたでしょう。この調子で、北京でいいプレーを見せることができれば、メダル獲得もあり得ますよね。
 なでしこジャパンもちょっと体が重かったように見えましたが、良く仕上がっていますから、男女ともに第1戦をうまく切り抜ければ、かなり期待できるんじゃないかと思っています。
 ファン・サポーターの皆さんには、大きな声援で彼らに力を与えてほしいと思っています。