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国際交流・支援活動

【海外赴任レポート】カンボジア 唐木田 徹さん 2012年6月

【プロフィール】

唐木田 徹(からきだ・てつ)

1957年12月2日生まれ。北海道札幌市出身。
中央大学在学中に4級審判員資格を取得。1993年1月にサッカー1級審判員資格取得。
1994~2007年、Jリーグ担当審判員として主審51試合、副審251試合担当。2008年1月、サッカー1級審判インストラクター資格取得。2008年5月、2009年6月より国際協力機構(JICA)短期シニア海外ボランティアとしてカンボジアへ派遣(任期各10カ月)。2011年3月よりJICAシニア海外ボランティアとして再度派遣(任期2年)。2011年よりAFCリージョナル審判インストラクター。


~派遣国・地域の紹介 : カンボジア~
 カンボジア王国。インドシナ半島に位置する東南アジアの立憲君主制国家。 東にベトナム、西にタイ、北にラオスと国境を接し、南は南シナ海に接する。首都はプノンペン。 面積は日本の約2分の1弱の181,000平方キロメートル。1,340万人の人口の90%がカンボジア人(クメール人)であり、 公用語はカンボジア語。宗教は、一部少数民族(イスラム教)を除き仏教を信奉する(以上、外務省ホームページより)。
FIFAランキングは176位(2011年8月24日現在)。


カンボジア審判の現状~良質な試合環境実現のために~

 チュムリアップ・スオ ソクサバーイ(こんにちは、お元気ですか?)
 カンボジアは国土面積が日本の約2分の1、人口1470万人、人口増加率2.6%、人口の約44%が15歳以下の若年層という“これから”の国です。しかし歴史的には12世紀を頂点とする「クメール帝国」がインドシナ半島の大部分を支配していた“輝ける”時期がありました。その後、クメール帝国の衰退、タイやベトナムとの紛争、さらにはポル・ポト派による共産支配、内戦による国土、国政の荒廃を経て1993年に新生「カンボジア王国」が成立、国としてもやはり“これから”と言えます。
 サッカーでは、1972年にアジアカップ4位という好成績を残していますが、内戦を挟んで今ではFIFAランキング175位(5月9日時点)、所属するASEAN地域でも下位に沈んでいます。
 そのカンボジアで審判の指導・育成、審判指導者の育成、審判育成組織の構築など、審判に関わる環境全ての改善・構築に携わるべく、私は国際協力機構(JICA)のシニア海外ボランティアとして2008年、2009年、そして2011年から今日までの計33カ月を当地で過ごしています。
 2008年の初赴任では、審判を取り巻く環境が何一つ整っていない事実に向き合わざるを得ませんでした。審判資格制度がない(明確な基準がない)、体力レベルが低すぎる(体力テストを実施したところ国際審判を含め約80%が基準に満たない。それもかなり離れている)、競技規則を理解していない(例:コーナーキックはどちらから蹴ってもいい!?)、審判指導者がいない(結果、試合後のアセスメントがないので改善のしようがない)などなど……。また、ハード面でも、せっかく週2回のゲームが生中継されているのに録画するすべがなく、ビデオカメラもないので、自分のパフォーマンスを映像で振り返ることができません。もっとも審判員自身も審判をすることに理念も向上心も責任感もなく、“割のいいアルバイト”( 当時の公務員の月給約50ドルに対して主審1試合で20ドル)くらいの感覚しか持っていない状況でした。
 カンボジアサッカー連盟(FFC)は、FIFA(国際サッカー連盟)からの資金援助を受けつつ、「なんとか代表チームを強化したい」とオーストラリア人を代表監督に招聘(しょうへい)したり、同じくJICAボランティアとして手島淳氏をユースダイレクターとして招き、若年層の強化を図っていました。一方でFFCは、カンボジアサッカーの強化にはきちんとした審判の育成と、その審判による適正な試合の運営が不可欠であることも認識していました。私がこの“ないないづくし”の中で、まず試合後の検証・研修に不可欠なビデオカメラと、週1回のトレーニングで使用するマーカーやビブス、ボールの購入(審判専用として)を申請したときに、即座に2500ドル満額を支給してくれたことは、審判の重要性を真摯(しんし)に理解して全面的に協力を惜しまないという姿勢の表れと感謝しています。
 ハード面を整える一方、審判員には競技規則などの基本的知識や主に動き方などの基本的スキル、基礎体力を身に付けさせるとともに、審判員として活動する意義と責任を常に意識するよう促しました。また、体力テストに合格すれば試合を割り当てるといった明確な基準を示し、特にチャンスすらもらえなかった若手(この国の特徴の一つでもあります)に公平な競争の機会を与えることで全体のモチベーションを上げることにしました。
 今では3人の国際主審と5人の副審(最年長は33歳で30代3人、20代5人)、若手審判員が活躍しています。国際主審の1人はAFCエリートレフェリーディベロップメントグループに初めて採用され、カンボジアの新しい歴史に一歩を刻みました。
 審判指導者の育成も大切な仕事の一つです。なにしろ最初は誰もいないので私が全ての試合のアセスメントをしました。2008年度は10カ月の赴任期間中約180試合のアセスメントをしました。私の指導を参考に、2009年は2人のカンボジア人指導者が私と共にアセスメントに加わりました。現在は5人の指導者と2人の新人指導者が後輩の指導に当たっています。
 赴任当初から比べれば、いろいろな面で充実、改善、改革がなされてきました。しかしこれまでの話は、本来あるべき姿のまだ1割程度でしかありません。つまりトップの審判、トップリーグの運営は、首都プノンペンだけが“とりあえず”形になってきたという程度で、カンボジア24州のうちただ1つが整備されているにすぎません。日本では考えられないことですが、あとの23州には、まだ「公認審判員」はいません。いずれこれらをカンボジア人が自ら整備できるような道筋をつけることが私のこれからの任務です。