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国際交流・支援活動

【海外赴任レポート】 ザンビア 岸 俊樹さん 2011年3月

【プロフィール】

岸 俊樹(きし・としき)

1973年1月20日生まれ。群馬県藤岡市出身。
アルゼンチンに2年間留学し、同国の指導者資格を取得。帰国後、地元の藤岡キッカーズU-15のコーチを4年間務める。
2009年に青年海外協力隊(JICA)の隊員としてザンビアに派遣され、赴任2年目からザンビア各代表のフィジカルコーチを務めながら、ザンビアサッカー協会テクニカルデパートメントでも活動中。


~派遣国・地域の紹介 : ザンビア共和国~
アフリカ南部の中央に位置し、コンゴ民主共和国、アンゴラ、ナミビア、ジンバブエ、モザンビーク、マラウイ、タンザニアと隣接している。
面積は日本の約2倍にあたる752,610平方キロメートルで、人口は1,294万人。首都はルサカ。民族は73の部族があり、 言語は英語のほか、ベンバ語、ニャンジァ語、トンガ語がある(以上、外務省ホームページより)。
FIFAランキングは101位(2月2日発表時点)。

ザンビアサッカー

 私は2009 年3 月から青年海外協力隊(JICA)の隊員としてザンビアへ派遣されています。
 ご存知のように、2010年6月に南アフリカでアフリカ大陸初のFIFA ワールドカップが開催されました。 残念ながらザンビアはアフリカ最終予選で敗退し、本大会に出場することができませんでした。
 ザンビアのFIFA ランキングは現在101 位と低迷していますが、1980、90 年代には カルーシャブワルヤ選手(現ザンビアサッカー協会会長、1988 年アフリカ最優秀選手)を輩出し、 ソウルオリンピック出場(1988 年)やCAF アフリカネーションズカップ準優勝(1994年)を成し遂げるなど、輝かしい結果を残していました。

選手が来ない!

 JICA 派遣の前任3 名が長年かけて積み上げてきた活動を引き継ぎ、 赴任当初から配属先のユースチームの指導を担当し、月曜から金曜にトレーニングを行いました。 選手は貧しく、サッカー協会の登録チームとの練習試合で力をアピールして、 現在のチームより高いレベルのチームへ移籍する目的で練習に来ていました。そのため常に選手の出入りが激しく、 継続して同じメンバーで練習ができず、名前を覚えるころにはもう来なくなってしまっているという状態がしばらく続きました。 活動5 カ月目にはとうとう選手が練習に来なくなり、前任者や関係者に本当にすまない気持ちでした。

新しい活動

 配属先のチームが事態を憂慮し、ザンビアサッカー協会を紹介してくれて、 トライアルのような形で1st Division(日本のJ2 にあたる)への訪問指導をシーズン終了(12月初旬)までの4カ月間、 4チームに対して行いました。
 驚いたのは、日本の2 部にあたるチームでも日本とは雲泥の差があったことです。 多くの選手は貧しく、報酬は勝利給のみ(1試合日本円で2,000 ~ 6,000 円)で、食事も1日1~2食しか食べることができず、 練習グラウンドもでこぼこ、ボールもチームで10 個程度しかないというチームばかりでした。
 アドバイザー的な形で監督から練習を見るようにと言われたときだけ実際に指導し、 やりたかったヨーヨーテストだけはお願いしてやらせてもらいました。公式戦をビデオ撮影し、パスの確率などの統計をマニュアルで取り、 ザンビアサッカーの問題点やフィジカルテストの結果をレポートにしてザンビアサッカー協会に提出しました。 フィジカルテストの結果は日本で指導していたジュニアユース(15歳)よりも低く、 食事と練習方法に問題があることを指導者に情報提供しました。また、青年海外協力隊員の栄養士に協力してもらい、 選手に対する簡単な栄養講座も開きました。

ザンビアサッカー協会

 私が提出したレポートを、当時ドイツから派遣されていたテクニカルアドバイザーと協会事務局長が気に入ってくれ、 2010年3月から協会のテクニカルデパートメントで活動することになりました。
 当時この部署は立ち上がったばかりで、たくさんの活動を抱えていました。各代表の強化、各種コース(指導者、レフェリー、経営者)の運営、 ユース年代の育成と強化、グラスルーツプログラムなどです。部署には私を含めて3 名しかおらず、 現場から実務まで“何でも屋”状態でしたが、活動は楽しく、休みも惜しんで働きました。
 ザンビアにはコーチのライセンスシステムがなく、2010 年4 月に初のC コースがCAF(アフリカサッカー連盟)の後援で行われ、 私はフィジカルトレーニングの講師を担当しました。当時のザンビア代表監督が講義を気に入ってくれて、 直後の代表キャンプにフィジカルコーチとして招集されることになりました。事務局長からそのニュースを 聞いたときは冗談を言われているのかと思いましたが、本当だと分かったときの感動は今でも忘れられません。 その後もU-20代表と女子代表に招集され、2010年12月にボツワナで開催されたU-20 COSAFA(Council of Southern African Football Association)Youth Championship 2010では、 12カ国が参加する中で優勝することができました。
 天国と地獄を味わったザンビアでの生活も残りわずかです。少しでもザンビアサッカーに貢献できるように頑張って帰国の途につけたらと思っています。