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国際交流・支援活動

【海外赴任レポート】 トルクメニスタン 中村 恭平さん 2012年7月

【プロフィール】

中村 恭平(なかむら・きょうへい)

1968年12月26日生まれ。東京都府中市出身。
小学校からサッカーを続けたが、高校3年のときに参加した第1回府中市サロンフットボール大会がきっかけで、現在のフットサルの魅力にとりつかれる。大学ではサッカー部に所属せず、フットサルの選手として活動し、地元・府中市での普及を行う。1997年、兄弟とともに参加した第2回全日本フットサル選手権(現在のPUMA CUP)で府中水元クラブが優勝。その後、2000年に市民の誇りとなるクラブを目指して結成した府中アスレティックFCの初代監督に就任し、指導者としての活動を開始する。2007年、フットサル日本女子代表監督として、アジアオリンピッ ク委員会が主催するアジアインドアゲームズで優勝。2009年には同大会で2連覇を達成。現在は、特定非営利活動法人府中アスレティックフットボールクラブ(Fリーグ所属)のGMとしてクラブの強化を担当し、JFAフットサル委員会の委員として日本のフットサルの普及と指導者の育成などに携わっている。


~派遣国・地域の紹介 : トルクメニスタン~
中央アジアに位置するトルクメニスタンは、カスピ海に面し、イラン、アフガニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンと接する。首都はアシガバット。面積は48万8,000平方k m(日本の1.3倍)で、人口は510万人。公用語はトルクメン語(テュルク諸語に属し、トルコ(共和国)語やアゼルバイジャン語に近い)で、ロシア語も広く使われている。民族の81%がトルクメン系で、ウズベク系( 9%)、ロシア系(3.5%)、カザフ系(1.9%)、その他アゼルバイジャン系、タタール系など。宗教は主にイスラム教スンニ派(以上、外務省ホームページを参考)。FIFAランキング:137位(2012年7月4日発表時点)

はじめに

 2011年11月、トルクメニスタンサッカー協会からの要請を受け、同国のフットサル代表チームのコーチとして指導することになりました。指導者として新しい挑戦に、期待と不安を抱きながら、約一週間のドバイキャンプへ赴くことになりました。きっかけは、日本サッカー協会(JFA)がアジア諸国への貢献の一つとして取り組んだ活動でしたが、わずかな期間のトレーニングでUAEとの国際親善試合に勝利するなど、大きな改善が見られたことで、再び同国からの強い要請を受けることになりました。
 その後の2回の強化合宿と、2012年5月25日から行われたAFCフットサル選手権に事実上の監督として帯同した活動を報告したいと思います。

トルクメニスタン

 日本では、ほとんどなじみのない中央アジアの独立中立国。JFAとしても、これまでさまざまなアプローチをしていましたが、なかなか交流の機会が得られなかったのがこのトルクメニスタンでした。そんな同国サッカー協会からの依頼は、意外にもサッカーではなく、フットサル代表チームの強化だったのです。
 国の面積は日本の約1.3倍で、人口は約510万人。天然ガスや石油が豊富にあり、国民はそれらの資源をベースとした鉱業により、安定した生活基盤がある。「旧ロシア連邦からの独立以来、積極的中立として謎に包まれた部分が多いのが特徴」と言うとまるで、よくよく知ったような書き方になりましたが、実は合計3回の強化合宿はいずれも国外の遠征に帯同するというもので、最後までトルクメニスタンの地に足を踏み入れることはできませんでした。
 選手の話では、ガソリンやガスなど日常生活で使用するエネルギーは、全国民が無料で使用できるらしく、今日の日本の事情を考えると想像し得ないものです。また、国民性としては普段はとてもおとなしく礼儀正しいのですが、いざ試合となると熱くなりやすく、我をも忘れる選手が多かったのが印象的でした。
 そんな彼らの習慣で、これからの私の人生において、とてもためになったことがあります。それは食事の前後の儀式で、日本で言うところの「いただきます」と「ごちそうさま」を誰もが必ず祈るのです。「こうして今日もおいしいものが食べられることに感謝します」と心の底から唱える姿は、飽食で食べる物に困ったことがない私には、あらためてとても大切なものを教えられた気がしました。

トルクメニスタンの課題

 日本では、サッカーはJリーグ、フットサルはFリーグと国内最高峰のリーグが存在し、アジアでも有数の環境が整っています。しかし、前述の通り、トルクメニスタンはロシア連邦から独立後、非常に閉鎖的な政策をとってきたために、スポーツの環境としては恵まれたものではありません。その典型が、他国との交流が少ないために、指導者の情報と知識が足りないということが挙げられます。
 競技環境としても広い国土で国内リーグを行うことが困難で、良い選手が育つ環境は乏しいと言わなければなりません。そんな彼らが、フットサルの発展のために指導者が抱える課題の改善を期待して頼ったのがJFAであり、私だったのです。実際に指導をしてみて、いくつかの課題が見えてきました。それは戦術やトレーニング方法以前に、日本では当たり前のことでした。例えば、練習前後の体温管理、水分補給や栄養管理、怪我の予防とケア、用具の準備、選手と指導者の距離感など、指導者が本来持つべき「知識の欠如」が見えてきました。その意味で、日本のサッカー・フットサルの指導者養成講座はとても充実した内容が整備されていることが分かりました。
 また、選手を取り巻く環境面でも課題があり、彼らにとってフットサルは職業ではなく、日中は別の仕事を持っています。警察官や銀行員、建設会社の営業など忙しい彼らが頻繁に集まって、代表チームの練習ができないという状況です。つまり「練習時間の欠如」でチームの意思統一が困難だということです。さらに、国内の競技環境がそのような状況なので、国内で切磋琢磨することは難しく、試合経験を積むためには海外に出て、対戦相手を見つける必要もあったのです。

伝えたかったことは心・技・体

 「私の指導の一部をご紹介します」と、最初に教えたことは、まずは心を一つにする掛け声。日本語で「いち、に〜、さん、やー!」というのを教えると、みんな大喜びで円陣を組むようになり、チームが一つの輪になりました。
 また、初日に指導したのは柔道の技。横にステップしながら、支えつり込み足の要領で大柄の選手の体を水平にフワっと持ち上げると、一同シーンと沈黙…。大きな選手を横倒しにされて驚く選手たちに、柔道が人を傷つけるものではなく、それを許さないことを説明すると、一同安堵の表情を取り戻しました。フットサルも狭いスペースでの相手との駆け引きがあり、重心を考えてボールを運ぶことの重要性と、そのために体を鍛える必要があるという説明に、すでに誰も異論を唱えません。「つかみはOK」といったところでしょうか!
 その後のキャンプでも、頭と体を同時に鍛えるトレーニングを敢行しましたが、どんなにハードでも真っすぐな心で一生懸命取り組んでくれたことは助かりました。終始、戦う上で必要な心・技・体を整えることを意識して指導し、特に日本の強さの秘訣(ひけつ)とも言える「一丸となる」ことの重要性も伝えることができたと思います。

初のワールドカップ出場に向けての挑戦

 AFCフットサル選手権(FIFAフットサルワールドカップアジア予選)でグループAに入ったトルクメニスタンは、開催国のUAE、強豪のタイ、キルギスと戦うことになりました。そこで、事前キャンプは暑さ対策もあり、タイで行われました。やや難解なトレーニングをこなしながらも、必死に戦術を理解しようと努力していくうちに、トルクメニスタンの素直な国民性と私の情熱がうまく融合し始め、その秘められた力をグループとして少しずつ発揮できるようになっていきました。そして、なんと実力的には大差で負けてもおかしくないタイとの国際親善試合に1-0で勝ってしまったのです。つまり、これまでのキャンプでアジア予選同組のUAEとタイに勝ったことで、ワールドカップに限りなく近づいているという期待を持たせることになりました。
 その結果、当初はスポット的なコーチの話が、ここまで順調な強化をしたことで、この時点ですっかりアジア予選での事実上の監督帯同を打診されることになり、同国初のワールドカップ出場という夢が膨らんだわけです。
 しかし、そんな中で行われた直前のベラルーシキャンプで、思わぬところに落とし穴が待っていました。なんと、諸事情により2人の主力選手が登録されなかったのです。これも彼らの抱えている、お国の事情であると思えばそれまでですが、監督としては積み上げてきた戦術に不安がよぎります。
 そして、迎えたAFCフットサル選手権は、これまでの指導の成果を試す絶好の機会のはずだったのですが、その後もチームは怪我人が続く、ドクターがベンチに入れないなど、なかなか思うようにはいかないことの連続でした。結局、試合は3戦全敗であえなく敗退ということになってしまいました。
 限られた時間と環境の中で臨んだアジア予選は、われわれにとって簡単ではありませんでした。万全の準備で臨んでも可能性があるかないかというチームが、背伸びをしたくらいでは届かないのがワールドカップの舞台です。だからこそ、この大会で優勝した日本がアジアの各国からリスペクトされる本当の価値が分かった気がします。10年前の日本では現在のトルクメニスタンと同様の課題がありましたが、今やフットサルの普及はどんどん進み、競技環境を見ても、国内リーグの充実でFリーグの選手たちも次々とプロとなって成長してきました。さらに、スペインから招聘(しょうへい)したミゲル・ロドリゴ監督は世界屈指の指導者で、この大会に向けて3年間の準備をしてきました。一言に強化と言いますが、このような環境整備とそれに携わる人々の努力で、ようやくつかめる勝利だったのだと身に染みて感じました。
 私は、今回の活動を通じて、フットサルという共通のものがあれば、言葉の問題も超えて信頼関係を築けるということが分かりました。また、指導者は課題を見つけ、その課題を解決するために情熱を持って導く責任があると感じました。だからこそ、指導者は常に学び続けなければならないということも実感できる挑戦となりました。今回の活動で、私はトルクメニスタン代表チームに日本で構築したフットサル指導者養成講習会の内容をそのまま実践しました。その結果、短期間でフットサルの戦術的な理解が得られ、知識が少ない選手にも、フットサル独自の技術を発揮させるにはとても有効であると検証できたと思っています。JFA技術部を中心に、多くの指導者の方々に協力してもらい、つくり上げたフットサル指導者養成事業に携わってくれた全ての方に、この場をお借りしてお礼を申し上げます。

最後に

 最後になりましたが、このような機会を与えていただきましたフットサル委員会の大仁邦彌委員長(現JFA会長)とその活動を支えてくださいました国際部の皆さま、またこの取り組みに理解をしてくれました特定非営利活動法人府中アスレティックフットボールクラブ関係者と家族に感謝したいと思います。

こぼれ話

 今回の挑戦では、ワールドカップの出場はかないませんでしたが、トルクメニスタンのスタッフや選手から、「日本の指導方法や環境面の整備、準備の大切さなど、さまざまなものを学んだ。心から感謝している」という言葉をもらいました。私は、別れ際に彼らにこんな言葉を贈り、今回の挑戦を締めくくりました。
 英語の分かる方には、これだけで私の英語力に難があることはお分かりかもしれませんが、あえて修正することなく載せてみます。何人かの選手は言葉を詰まらせて、涙を流していましたので、私の伝えたいことは何とか伝わったのではないかと信じています。

You hand on Turkmenistan Futsal Future.
We could not leave the results in the game AFC FUTSAL CHAMPIONSHIP 2012.
I was not going to teach the only futsal tactics.
However, in the mind of everyone already has Samurai spirit.
I'm proud of you.
When you back to Turkmenistan, please continue the effort and tell many things you had experience or felt it for Turkmenistan Futsal Future.

トルクメニスタンフットサルの未来は、あなたの手の中にある。
われわれは、残念ながらAFCフットサル選手権では、結果を残すことができませんでした。
私は、ただフットサルの戦術を教えるつもりはありませんでした。
しかし、皆さんの中にはすでに私の伝えたかったサムライ精神が宿っています。
私はみんなを誇りに思います。
トルクメニスタンに戻って、今回得たことや感じたたくさんのことを伝えて、トルクメニスタンのフットサルの発展のために努力を続けてください。