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国際交流・支援活動

【海外赴任レポート】 ヨルダン 沖山 雅彦さん

【プロフィール】

沖山 雅彦(おきやま・まさひこ)

1968年3月15日生まれ。東京都板橋区出身。
中学校でサッカーを始め、大学までプレーする。大学卒業後、Lリーグに所属していた新光精工FCクレール、TOKYO SHiDAX FCのコーチを務め、第52回国民体育大会(大阪なみはや国体、1997年)では東京都選抜女子の監督としてチームを準優勝に導く。その後、東京女子体育大学コーチを経て大原学園JaSRA女子サッカークラブの監督に就任。大原学園では男子Bチーム監督やスクールマスターも務めながら、長野県サッカー協会技術委員・女子委員・キッズ委員を歴任し、47FAチーフインストラクターとして指導者養成や北信越女子トレセンチーフを担当。2008年3月よりJFAアカデミー福島女子コーチ兼女子ナショナルトレセンコーチ(北信越担当)として指導にあたり、2010、2011年度はチャレンジリーグ(EAST)に参戦したJFAアカデミー福島の監督を務める。2012年4月にヨルダンに派遣され、ヨルダン女子代表監督として活動している。2012年にJFA公認S級コーチライセンスを取得。


~派遣国・地域の紹介 : ヨルダン・ハシェミット王国~
中東・西アジアに位置し、イスラエル、パレスチナ、サウジアラビア、イラク、シリアと隣接。首都はアンマン。面積は8万9,000平方km(日本の約4分の1)で、人口は604.7万人(2010年世銀)、公用語はアラビア語。宗教はイスラム教徒93%、キリスト教徒等7%(以上、外務省ホームページを参考)。
FIFAランキング:90位(2012年11月7日発表時点)
FIFA女子ランキング:57位(2012年8月17日発表時点)

2012年11月レポート

 2012年4月に私がヨルダンに派遣されてから7カ月が過ぎました。毎朝ヨルダンサッカー協会の事務所に出勤し、打ち合わせや事務作業、幹部との折衝を行い、夕方からヨルダン女子代表の指導、U-19やU-16女子代表の練習視察など、精力的に活動してきました。そんな7カ月について、エピソードを交えて振り返ってみたいと思います。

ヨルダン女子代表について

 私が指導するヨルダン女子代表は、3つの強豪クラブチームから選出された大学生と社会人のアマチュア選手25名で構成されています。代表チームは2005年に初結成され、05年と07年に西アジア女子サッカー選手権大会で優勝し、アラブ地域女子サッカーの女王として君臨していました。日本女子代表とは06年11月30日に第15回アジア競技大会(カタール)で対戦し、0-13で敗れています。近年、他国の競技レベル向上や国内での代表強化策の失敗もあり、11年に代表チームは崩壊状態になってしまったと誰もが口にします。12年8月17日現在のFIFA女子ランキングは57位(AFC内では13位)です。


ヒジャーブに開かれた世界への扉

 皆さんは「ヒジャーブ」をご存知でしょうか。イスラム教の聖典コーランによれば、女性は顔と手以外を隠し、近親者以外には目立たないようにしなければならないとあり、頭髪を隠すためにかぶるスカーフのような布のことをヒジャーブと言います。戒律により着用に差があり、ヨルダン女子代表では4〜5名の選手が着用していますが、イラン女子代表では全員が着用しています。
 長年、FIFAではヒジャーブを着用しての公式戦出場は認められていませんでした(AFCではすでに許可されています)。しかし、今年のFIFA総会で着用が認められ、危険性のないヒジャーブを新たに開発することによ り、今後実用化されます。この決定の背景には、ヨルダンサッカー協会会長でFIFA副会長でもあるアリ王子のご尽力や、ヨルダン女子代表キャプテンによるネット媒体等を利用した地道なPR活動など、ヨルダンを中心と した働き掛けがありました。これにより、多くの女子選手に世界への扉が開かれたことになります。

選手たちとの出会い

 選手たちとの出会いは驚きの連続でした。代表選手といってもレベル差が大きく、基本技術やフィジカル能力が著しく乏しい選手が大多数で、全体に間延びしたロングボールが飛び交うゲームをしていました。勝利に対する執念は強いのですが、無謀でも直接ゴールに向かうプレーが多く、判定に対してとにかく熱くなり、クレームの連続でした。オフ・ザ・ピッチはさらに驚きです。平気で遅れる、片付けをしないなど、日本での常識は一切通用しません。彼女たちの勝利至上主義、利己主義、無秩序といった気質を受け止め、世界基準に変えていくためには、サッカーだけでなく、取り組む姿勢の根本から指導する必要があると強く感じました。
 こちらが妥協することなく一人一人に向き合って対応して約3カ月。選手も私の片言の英語に真剣に耳を傾け、トレーニングの改善点にも意識して取り組む選手が大勢出てきました。女子のサッカー(スポーツと言っても過言ではない)が認知されていないこの国でサッカーを続ける彼女たちは、本当にサッカーが好きで、向上心と情熱は人一倍強いと確信できるようになりました。こうして私と選手たちの挑戦が本格的に始まったのです。

基本の徹底と体力強化

 通常の代表練習は週に4~5日、選手たちが仕事や大学を終えた夕方に行います。ヨルダンでは代表活動が優先され、まるでクラブチームのような練習を行っています。この7カ月間で力を入れたのは、「個の育成」を目的とした基本の徹底と体力強化です。「動きながらのテクニック」「ボールを受ける前に観て考える」「攻守に関わり続ける」を中心に、日本で経験したJFAアカデミーやナショナルトレセンでのコンセプトに基づいて、オーガナイズを応用しながら取り組んでいます。また、週に2回、協会所有のジムでの基礎筋力の向上、ピッチでの有酸素持久力の向上を目的としたトレーニングも実施してきました。4月当初に比べて明らかに運動量が増え、接触時の転倒や怪我も減り、効果は出始めていると感じています。

昼夜逆転のラマダーン期

 ロンドンオリンピックでムスリム(イスラム教徒)の選手が断食をするかどうかが話題となっていましたが、イスラム教五行(信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼)の一つに、ラマダーン月(イスラム歴9月)は日の出から日没まで飲食を断つという修業があります。イスラム歴は太陰暦なので1年に11日ずつ変動しますが、今年は過酷な真夏のラマダーンでした。人々は日没後の20時頃、一斉に初の食事を迎え、一晩中活発に活動し、日の出直前にも食事をとって出勤まで仮眠をします。まるで昼夜逆転の生活を送っていました。
 トレーニングは週2回、食事前17時30分から1時間、ジムでの筋力トレーニングをし、食事後21時30分~23時にピッチで実施しました。21時30分開始の練習は私にとっても初体験でした。食事後とあって選手も生気を取り戻し、集中した練習ができましたが、筋トレ時には空腹とのどの渇きに暑さが追い打ちをかけ、もうろうとしながら行っている選手が多かったです。ラマダーン期の約30日間をどのように過ごすか。イスラム圏で指導する際の最大の難題となることを強く感じました。

ドイツ交流大会での優勝

 2012年9月中旬、DISCOVER FOOTBALLからの招待でドイツに遠征しました。南アフリカとセネガルからもクラブチームが参加した、世界の女子サッカーの普及・発展が目的の交流大会です。ピッチでの活動以外にもさまざまなプログラムが企画されており、他国の選手やスタッフとの交流を深めることができました。
 ピッチ上では11人制の練習試合とハーフコートでの7人制の大会が実施され、この大会でヨルダンは全勝優勝によりカップを獲得しました。人とボールの動きを連動させ、相手のギャップとサイドのスペースを有効に使い、バリエーションのある攻撃で得点を重ね、ボールの流れと各選手の動き方のイメージを獲得することができたことは大きな成果でした。

ワールドカップ初出場を目指して

 FIFA女子ワールドカップ カナダ 2015には、大会出場チームの増加(16→24)を受け、AFCからは5チーム(前回は3チーム)が出場でき、この出場枠はAFC女子アジアカップ 2014の上位5チームに与えられます。AFC女子アジアカップ 2014はシードの4チーム(オーストラリア、日本、中国、韓国)と予選を勝ち抜いた4チームの計8チームによって争われます。先日、アジアカップ予選の組み合わせが決定し、ヨルダンはグループAでウズベキスタン、レバノン、クウェートと対戦します。2013年5月に開催されるこの予選を突破(1位のみ通過)し、アジアカップに初出場を果たすことが、私に課せられた重要なミッションです。
 そして今、私は選手たちと共にさらに高い目標を掲げ、日々の練習に励んでいます。アジアカップで5位以内を確保し、ワールドカップに初出場すること。目の前には最大のチャンスがあります。ヒジャーブの選手たちが世界大会のピッチで躍動する姿を夢に描きながら、私のヨルダンでの挑戦は続いていきます。

 

2013年8月レポート

ヨルダン女子代表、AFC女子アジアカップ初出場決定

 日本の皆さん、こんにちは。
 ヨルダンは8月初旬にラマダーンが明けて、選手たちは通常の練習に戻ったところです。ラマダーンとはイスラム暦で第九月のことで、イスラム教徒は約1カ月間、日の出前から日没まで一切の飲食を断ちます。サッカー選手にとっては厳しい状況ですが、私が監督を務めるヨルダン女子代表は日没後に食事をして、21時半~23時にグラウンドで週4回、ジムで1回のトレーニングを行いました。
 通常、代表チームは週6日活動しています。選手はクラブチームに所属していますが、クラブは国内リーグ開催期間のみ活動するので、それ以外は代表チームで練習です。
 ヨルダンはシリア、イラク、パレスチナ自治政府など政治的に不安定な国や地域と隣接していますが、国内の治安は比較的安定しており、周辺諸国からの難民を多く受け入れています。産油国ではないので経済的に豊かとは言えませんが、国は観光業と農業で成り立っていて、人々は幸せに暮らしています。春にはイチゴが、夏にはスイカが道端で売られ、果物も野菜も新鮮でおいしいです。
 死海がある西部は1年中暑いのに対し、首都のアンマン周辺は二季で夏は日差しが厳しく、冬には雪が降ることもあります。国土の約8割は砂漠です。皆さんがイメージするようなさらさらの砂丘ではなく、荒地なのでじゃりじゃりとした砂がよく飛んできます。
 ヨルダンは他のイスラム諸国に比べると、社会へ進出したいと思う女性が多いようです。宗教に対する考え方はリベラルで、代表選手の中にはヒジャーブ(※)を巻いている選手と、そうでない選手がいます。皆さんはロンドンオリンピックのアジア2次予選でイラン女子代表がヒジャーブを着けていたことにより、失格になったことをご存知ですか? 対戦相手のヨルダンは先発メンバーの3人がヒジャーブを着けていましたが、11人全員が着けていたイランはFIFA(国際サッカー連盟)の競技規則により失格になりました。このことに対する選手たちの衝撃と悲しみは非常に大きかったようです。ヨルダン女子代表のキャプテンはソーシャルメディアなどを使ってヒジャーブ着用の許可を訴える活動を展開しました。また、ヨルダンサッカー協会会長のアリ王子がFIFA副会長という立場から尽力され、2012年7月にFIFAのヒジャーブ禁止の規定が撤廃されました。
 ヨルダンの女子代表監督に就任して1年4カ月。赴任当時は驚きの連続でした。選手が練習の時間に来ないのは当たり前、ゴミを散らかしたまま片付けない、朝食をとらない……。なんでも中流階級以上の家にはお手伝いさんがいるので片付ける習慣がないのです。日中は暑いので夜型の生活になり、朝昼兼用の食事を取るのは14時ごろ。文化や環境の違いにかかわらず、これでは世界に通用しません。選手たちに話したり、自分が身を持って示すようにしました。
 また、ヨルダン人は集団行動や人に合わせることが苦手なので、チームワークを必要とするサッカーに向いていないのではと思ったこともあります。それでも、AFC女子アジアカップ初出場、さらにはFIFA女子ワールドカップを目指すという共通の夢・目標を持ったことで、選手たちの意識は少しずつ変わってきました。

 そのAFC女子アジアカップの予選が6月にありました。2連勝で迎えた最終戦、ウズベキスタン女子代表に引き分け以上で本大会出場が決まります。試合前、私は2つのことを話しました。一つ目は、先制点が大事だということ。これまで勝利した試合と同様に先制して勢いに乗ることがカギになると考えたからです。二つ目は、感謝の気持ちを持って戦うこと。選手たちは感情を激しく表に出すので、勝てば我を忘れて大騒ぎし、負ければ悔しくてすぐにその場を立ち去ることが予想されました。「勝って喜ぶのはいいが、対戦相手やレフェリーへのリスペクトを忘れないように」 。もし負けてしまったら、「仲間のいるベンチに戻っておいで。君たちにはここに仲間がいるんだから、大丈夫」と伝えました。すると、この話をしたからか、ヨルダンが先制点を決めた時、ピッチの選手が控え選手のいるベンチに駆け寄ってきたのです。今までこんなことはありませんでした。そして、2点、3点と追加点を挙げた時もチーム全員で喜びを分かち合い、勝利を収めることができました。
 来年、われわれはいよいよAFC女子アジアカップに挑みます。実力は8チーム中8位かもしれません。FIFA女子ワールドカップに出場する条件は5位以内ですが、5位を目指して戦っても出場権を手にするのは難しいでしょう。しかし、私たちには大きな夢があります。メダルを狙う気持ちで、選手たちとこれから1年間、挑戦を続けていこうと思います。
(※)イスラム教の女性が頭髪を隠すためにかぶるスカーフのような布