JFA|日本サッカー協会  Japan Football Association
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 日本サッカー協会の歴史とともに歩んできた天皇杯全日本サッカー選手権大会。先週末に開幕し、全国各地で1回戦24試合が行われました。2回戦は、今週7日(土)と8日(日)、11日(水)。ここからJ1とJ2のチームが登場します(柏レイソルは9月4日に筑波大学と2回戦を戦っている)。

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 1921年にスタートした天皇杯(当時、ア式蹴球全国優勝競技会。48年に天皇杯が下賜される)は今大会で93回目(1941~45年は第二次世界大戦のため中止)となります。それだけに記録にもまた重みがあります。

 天皇杯最多出場チームは、実業団時代から数えて62回のサンフレッチェ広島(前身は東洋工業)が断トツ。続いて、浦和レッズ(前身は三菱重工)とジェフユナイテッド千葉(前身は古河電工)の49回、柏レイソル(日立本社)の46回、セレッソ大阪(ヤンマー)の45回と続きます。

 連覇記録でみると、3連覇を遂げたチームは未だかつてなく、2連覇が関学クラブ、慶應BRB、古河電工、読売クラブ、日産自動車、浦和レッズ、ガンバ大阪の7チームで、今年の決勝戦で37大会ぶり3度目の優勝を飾った柏レイソルは、史上8チーム目の連覇を目指します。

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<第92回大会で3度目の優勝に輝いた柏レイソルは、現在AFCチャンピオンズリーグで健闘中>

 個人で見ると、やはり日本が誇るストライカー・釜本邦茂さんが、金字塔を打ち建てています。出場回数は59試合でトップ、得点数も60点と2位の水沼貴史さんの25得点を大きく引き離しており、決勝戦出場回数も10回でトップの座にいます(決勝戦での得点は6得点で2位タイ)。
 国際Aマッチでも釜本さんは、75試合に出場して76得点で最多得点を記録(*)していますから、いかにすごい選手だったかがわかりますね。

 歴代優勝チームを見ますと、1940年代までは大学の現役・OBチームが占めていましたが、50年代に入ると実業団チームが力をつけ、54年に東洋工業が準優勝を果たした頃から、八幡製鉄所、古河電工、三菱重工、日立本社などが上位を占めるように。そして、65年にJSL(日本サッカーリーグ)がスタートすると、天皇杯も実業団チームの時代へと変貌を遂げていきます。
 83年大会からは、プロを志向していた日産自動車(現、横浜F・マリノス)と読売クラブ(現、東京ヴェルディ)の2チームが覇権争いを繰り広げる時代が7年も続きました。

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 少し余談になりますが、84年のロサンゼルスオリンピックからプロ選手の参加が認められるようになると、アマチュア至上主義だった日本のスポーツ界、特にサッカー界でプロ化の機運が高まっていきました。そして、86年に、ドイツのブンデスリーガで活躍していた奥寺康彦選手(現、横浜FC代表取締役会長)が帰国すると、それと同時にプロ選手の登録「スペシャルライセンス制度」が導入され、奥寺さんと木村和司さんがプロ第1号として登録。これを機に、多くの選手がプロ選手となり、徐々にチームのプロ化が意識されるようになっていきました。

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<プロ選手の登録を認めた1986年。その年のJSLのキャンペーンポスター>

 そして91年、Jリーグが設立され、93年に開幕するわけです。
 プロ化によって日本サッカーの勢力図も変化し、この年の天皇杯は、横浜フリューゲルスが鹿島アントラーズを破って初優勝を遂げました。
 なお、Jリーグが誕生してからの最多優勝は鹿島アントラーズが4回でトップ、次いで名古屋グランパス、東京ヴェルディ、浦和レッズ、ガンバ大阪がそれぞれ2回、優勝を飾っています。

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 92年前、4チームで始まった本大会は、日本サッカーの変遷とともに参加チームや方式を変えて発展。52年大会からは、社会人と大学チームに参加資格を与え、都道府県大会、地域大会、決勝大会と三段階に分けて開催、実質的に全国的な大会となりました。
 96年には全国大会出場チームの増加を目的に大幅な改革がなされ、Jリーグ全チーム、47都道府県代表、JFL上位チーム、大学シード、2種チームの計80チームによるトーナメント制へと進化。カップ戦ならではのジャイアントキリングも注目を集めるようになりました。昨年、J2のヴァンフォーレ甲府に勝利した福島ユナイテッドFCや横河武蔵野FCなどは記憶に新しいですよね。

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 ところで、「サッカーの聖地」とも言われる国立競技場は、47年から天皇杯の決勝戦の舞台として数々の名勝負と感動的なドラマをその歴史に刻んできました。元日に行われるようになったのは、68年大会以降。「元日は国立で天皇杯」というサッカーファンの方も多のではないでしょうか。

 ちなみに、国立競技場で開催された天皇杯に過去一番多く試合をしているのは浦和レッズで26試合(うち決勝は9試合)、セレッソ大阪と広島が19試合です(いずれも実業団時代含む)。選手では、三菱重工の落合弘さんが19試合でトップ。釜本さんが16試合で2位にランクされています。

 その国立競技場も2019年3月のリニューアルを目指し、来年7月から改修工事に入ります。明後日(9月8日)の2020年オリンピック・パラリンピック開催地の最終投票で東京開催が決まれば、2019年のラグビーワールドカップとともにその会場として使用されます。

 ですから、現在の国立競技場で行われる天皇杯決勝戦は、今大会が最後。そのピッチの上で有終の美を飾るのは、一体、どのチームになるのでしょう。今から楽しみです。

*女子の国際Aマッチ最多出場・最多得点は、澤穂希選手の186試合、81得点。