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トピックス

2008/07/18

哀悼の意を表し「長沼健 お別れの会」を挙行

日本サッカー協会と日本体育協会は18日、東京・グランドプリンスホテル赤坂で、前・日本サッカー協会最高顧問である故・長沼健への哀悼の意を表し、お別れの会を執り行いました。

式典第1部では、高円宮妃久子殿下のご臨席のもと、森喜朗実行委員長ら約700名の方々が、続いて執り行われた第2部でも多くの一般の方にご参列いただき、これまで日本サッカー界のみならず、日本スポーツ界のために尽力した故人とのお別れを惜しみました。

【岡野 俊一郎 副委員長/日本サッカー協会最高顧問コメント】
「実は6月2日に亡くなる前に、健さんの主治医と奥様から呼ばれ、病状をはっきり聞かせてもらいました。
その時のお話では、うまくいけば病気と共生して1年か2年くらい生きられるかもしれない。
場合によっては、あと数ヶ月かも知れないと言われた。
そのときはまだ通院での治療だったが、ベッドで寝ていた健さんに、
『今年はメキシコオリンピックから、ちょうど40年。10月24日、銅メダルを取った日にはみんな集まってくるから、がんばろうぜ』
と声をかけたら、声は出なかったが私の手を力強く握ってくれました。
そして、それからわずか数週間でこの世を去りました。
ただ、まだそばにいるような気はします。
もう2度と会えないという気はしなく、まだ近くにいるんだという思いの方が強いです」

【川淵 三郎 副委員長/日本サッカー協会名誉会長コメント】
「偉大な仕事を成し遂げられた方だという思いがあります。
あとはお忙しい中、本当に多くの方がお見えになり別れを惜しんでいただき、それだけ長沼さんは親しまれていましたし、そのような人たちに支えられて仕事ができたのだろうと感じています。
選手時代に古河電工で一緒にプレーをしてきましたが、チームの中心となって一生懸命がんばっていた姿が思い出されます。
会社の経営が悪くなり、サッカー部を継続できなさそうだという状況になったときも、長沼さんが中心となって、会社の予算をもらわなくても我々だけの力でチームを維持してリーグ戦を戦っていこうと引っ張ってくれました。
長沼さんがおられたから古河電工が継続できた部分もあります。
結構苦しい時代を一緒に戦ってきた感じはあります。偉大な兄貴分でした」

【犬飼 基昭 日本サッカー協会会長コメント
「長沼さんとのいろいろなことを思い出しましたが、私の場合は、浦和レッズの社長の時に長沼さんが埼玉スタジアムの場長でおられ、毎試合一緒に試合を見ていました。
長沼さんは、『このスタジアムを満員にしろ、そのためには良いサッカーをしろ』と毎回のように言われてました。
本当にホームスタジアムだったので、浦和レッズを応援してくださいましたし、優しい言葉でよくあれだけ熱い思いを伝えられる方だなあという印象があります」