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ウィークリーコラム

日本サッカー協会も新年度を迎えました。明後日にはJFAアカデミー福島の入校式が行われ、今年入学する3期生の男子15人、女子6人(いずれも中学1年生)が、新生活をスタートさせます。
 今週のコラムは、JFAアカデミー福島のスクールマスターを務める田嶋幸三専務理事が、一流選手や指導者に必要な「言語技術」についてお話しします。

エリート教育の必要性を実感

 新しい年度が始まり、新しい環境で生活を始めた方も多いのではないでしょうか。明後日はJヴィレッジでJFAアカデミー福島の入校式が行われることになっており、3期生21人がここで新生活をスタートさせます。皆さんは、既にご存知だと思いますが、同アカデミーは2006年から始まったサッカーのエリート育成期間で、3期生を入れて80人の男女中高生がJヴィレッジ近隣にある寮に暮らしながら、一流選手に必要な教育を受けています。
 “エリート”という言葉を聞いて抵抗感を示す人も多いのではないでしょうか。優れた能力を持つ“特別な人”、あるいは一部の特権階級…そんな固定観念が日本の社会に染みついているからかもしれませんね。
 ゴルフの石川遼選手や卓球の福原愛選手、バイオリニストの五嶋龍さんのように、個人の英才教育には難色を示さなくとも、こと団体競技となるとアレルギー反応を示す人が多いような気がします。しかし、サッカーでは敢えてこの“エリート”という言葉を使っています。“エリート選手”、“エリートレフェリー”、“エリートコーチ”など。なぜなら、“エリート”とは本来、社会における各分野でのリーダーであり、その能力や技術を社会に役立て、世の中に貢献できる人間を意味するからです。
 私がサッカーにおいてもこの教育が必要だと認識したのは、今から7~8年前。U-17日本代表の監督としてヨーロッパ遠征に行ったときでした。我々は、フランスやイタリア、イングランドなどの選手たちと同じホテルに泊まっていました。朝食をとるためにホテルの食堂に行ったときのこと、日本の若い選手たちが、ジャージのファスナーを開けて気だるそうに入ってくるのに対して、各国チームのU-17の選手はすっきりと身だしなみを整え、きちんと挨拶をしている。靴のかかとを踏んでいる選手や寝癖がついたまま「ちーっす」などと言って入ってくる者など皆無なわけです。私はここで愕然とし、既に「負けた!」と思いました(案の定、試合でも大差で負けてしまうわけですが・・・)。もちろん、その責任は指導者である私にあります。しかし、この根本的な違いは何か――そこで、私は“エリート教育”の必要性を認識したのです。  

選ばれし者としての自覚

 各国のU-17の代表選手らは、アーセナルやFCバルセロナなどの一流チームの下部組織に所属していて、しっかりとした教育を受けている選手でした。彼らは、クラブの寮で生活し、サッカー指導だけではなく、日頃からプロ選手としての教えを受けているんですね。一流クラブのユニフォームをつけて活動している自分が周囲にどう見られ、何を期待されているかということをきちんとわきまえている。
 日本はどうか――。サッカーがメジャースポーツの仲間入りをし、世界の舞台に出るようになり、組織的に若年層の育成が進められるようになりましたが、それまでは、サッカー部の顧問やチーム指導者に任せきりで、サッカー界として体系だてた教育システムが確立されていなかったんです。
 日本サッカー協会(JFA)がエリート教育に着手したのは2003年度から。フランスから講師を呼び、13~14歳の男子選手を対象に「エリートプログラム」をスタートさせました。それを進める中で、日本におけるサッカーのエリート教育を模索していきました。 そして2006年、福島県、楢葉町、広野町、富岡町の支援を得て、JFAアカデミー福島が開校しました。ここでは、中学から高校3年の男女が寮生活をしながら中高一貫となった教育を受けています。彼らは、近隣の中学や高校に通い、学校が終わったら寮に帰ってトレーニングやアカデミー独自の教育プログラムに取り組みます。
 一流選手に必要な知識、教養、姿勢など、様々なことを学びます。例えば、有名なアーティストである日比野克彦さん(東京芸大教授)を講師に、サッカーとアートを融合させた授業をしていただいたり、あるいは、地元の農家の方にお願いし、田植えなどの仕事を体験したり・・・。また、サポートファミリー制度というものも導入しており、寮の近隣の皆さんに週末にアカデミー生をホームステイさせることなどもしています。甘えがちな親元を離れ、色々な人たちと接触することで自立心や社会性、豊かな人間性が育まれるものと考えています。

言語技術と論理的思考は日常生活で培われる

 私は1983年から86年に西ドイツ(当時)のケルン大学に留学し、そこでB級コーチライセンスを取得しました。その時、12~13歳の少年サッカーのコーチを務めていたのですが、日本人と外国人の違いを、ここでもまざまざと見せつけられたことがあります。
 「ゲーム・フリーズ」という練習の方法があります。これは、ゲームを止めて、ひとつひとつのプレーの意図を明確にさせ、それがその状況に適した判断だったかどうか考えさせるものなのですが、例えばパスがつながらなかったとき、パスを出した選手に「君はどうしてそこにパスを出したんだ?」と聞くと、「だって、ペーターは足が速いんだから、そこに走って受け取るべきだったんだ」と主張する。するとペーターは、「俺はこっちにパスしてほしかったのに、あいつがそっちに出したんだ」と言い返すんです。そんなやり取りが、ごく当然のように繰り返されているんです。しかし、日本の子どもに同じような質問を投げかけると、黙ってしまう子がほとんど。コーチの顔色を見て “正解”を探そうとする。あるいは、こんなことを言ったらバカにされるんじゃないかと恐れ、自分の考えをなかなか言えない。
 サッカーという競技は、自分で考えることを求められる競技。刻々と変化する状況にあって、自分とチームは今どういう状況で、相手はどうなっているのかということを常に把握し、自ら判断してプレーに反映させるもの。監督の指示を見てプレーするなんてできないし、一つとして同じパターンはないわけですよね。当然チームメイトがいるわけですから、コミュニケーション(連携)が必要となる。
 全てのベースとなるのは、まずは、「論理的思考」と「言語技術」。言語のベースとなるのは、自ら考えることですね。つまり、論理的思考とセットになっていなければならないものです。
 選手同士は会話をすることからお互い状況に対するイメージを共有します。そのイメージを的確に解釈し、彼らを取り巻いている環境を理解する。そして、その環境を土台にして理論的に言葉を組み立て、次にどうするかを考える。こういうコミュニケーションを日常の練習などで身につけることで、ボディランゲージやアイコンタクトなどができるようになるんです。自分で考えることが習慣づいている子どもとそうでない子どもとでは、長い時間の中で、雲泥の差がついてしまうんですね。
 「言語技術」というと、国語の先生に任せとけよ、なんてつい考えてしまいがちですが、本来は、家庭や学校で十分身につけられるものだと、私は思っています。数学にも理科にも、体育にも必要なものなんですね。
 最近、TVなどでよく見かけますが、見知らぬインタビュアーに質問され、単語一言で答える若者がなんと多いことか!また、「うぜえ」、「ビミョー」、「別に」という曖昧な一言で、その状況をやりすごすことも・・・。これでは、理論的に考えることも、言葉を駆使して他者とコミュニケーションをとることもできない人間になってしまいます。そりゃあ、同じ仲間の中では通用するでしょう。しかし、価値観も育った環境も文化も違う人とコミュニケーションをとろうとするとき――たとえば、将来、ヨーロッパでプレーしたいと夢を見る選手だったらなおさらです。相手と対話ができない、自己主張ができない、そんな選手はチームで孤立してしまい、その才能を開花させることなく消えてしまう。
 アカデミーでは、寮のいたるところに、名選手や名監督が言った名言などを貼って、常に高い意識を持って生活することを促しています。また、専門家の講師を招き、朗読された話を、ポイントをまとめて表現させるプログラムや絵や写真を見せて、その状況を説明させる実習なども取り入れています。

指導者は説得力を持って指導にあたらなければならない

 理論的に考えること、それを的確な言葉で表わすこと、さらにそれをプレーに具現化させること――これができなければ、トッププレーヤーにはなれません。そして、それは同様に、良い指導者にも求められることでもあるんです。というより、選手や生徒以上に、指導者や教師には言語能力やコミュニケーションの力が必要とされますね(一流といわれる指導者には、これにカリスマ性など、様々な資質が必要となりますが・・・)。
 JFAでは、プロ選手の指導者に必要としているS級ライセンスを筆頭に、A級、B級、C級、D級、キッズリーダーという資格の取得が義務づけられていますが、この中で、S、A、B、C級のコーチライセンス講座には、この言語能力を磨くカリキュラムが組まれています。中でもディベートは好評で、受講者たちは異口同音に、これが一番印象に残ったといいます。
 一時期、Jリーグが始まって間もなく、監督の半数以上が外国人監督になったときがありました。企業のサッカー部だったJSL時代は、監督は上司のようなもので、選手は監督(上司)の指示に従ってプレーしているような状況だった。それがプロになり、実績がある外国籍選手がJリーグに移籍するようになり、彼らが、監督に対してごく普通にいろいろな疑問を投げかけてくるわけです。当時、プロ化されるまでの日本にはそういった土壌がなく、日本人監督の多くは、そういうことになれていなかったんですね。
 川淵キャプテン(当時Jリーグチェアマン)は当時、ブラジルでのプロ経験があるカズ(三浦知良)やラモス瑠偉といった個性的な選手をまとめられるのは、まだアマチュアから脱皮できていない当時の日本人指導者では限界があると考え、日本代表監督にオランダ人のオフト監督を招聘した(1992年)のはその象徴的な出来事と言えるでしょう。
 こういったことは、実は日本がようやく国際舞台に立てるようになったから気づいたことなんですね。海外ではそれを協会やクラブが徹底的にやっているわけです。単にサッカー技術だけでは世界では通用しない。有能な選手に優秀な指導者と素晴らしい環境を与えて、専門的にトップ選手を養成する。それには、代表強化、ユース育成、指導者育成という三位一体の強化策で、ボトムアップとプルアップを同時にやっていくことが必要なんです。
 現在では、多くの有能な日本人監督が台頭してきてはいますが、選手の育成も指導者の養成も、一朝一夕にはできないことです。しかし、我々は「JFA2005年宣言」を実現させるために、今後も様々なことに取り組んでいく覚悟です。各地で指導にあたっているコーチの皆さん、そしてJリーガーや代表選手を目指すプレーヤーの皆さんには、常に高い意識と大きな目標を持ち、日々、自己研鑽を積んでほしいと思っています。
 そして、みんなで日本のサッカーを世界レベルへと押し上げていきましょう。

※写真は、昨年行われたJFAアカデミー福島 特別プログラムのもの。
※JFAアカデミー福島の概要は、こちら
※JFAアカデミー福島の詳細は、こちら。[JFAアカデミー福島ホームページ]